担当者氏名 三宅貴夫
作成年月日 2005/10/23
報告フェース情報
著者 植村肇
著者肩書 陸軍軍医学校陣防疫学教室(主任石井少将)、陸軍軍医中尉
著者2 田中米次郎、竹本進一郎
著者2肩書  
著者3  
表題 晩発性ガス壊疽Spategasgangranの一例について
副題  
 出典著者  
 出典表題  
 出典雑誌・書籍名  
 出典頁  
 出典発行年  
 出典社名  
第2部169号
無し
種類 原著
分類1 428
分類2  
分類3  
分類4  
受付 S16.8.26
印刷数 記載無し
米国メモの有無 無し
米国メモ  
頁数 32
索引用人名 Wein,Zeibler,佐々木茂雄、竹内松次郎、Metschenikoff, 中村豊、Robertson、桂三友、Tayler,Topley,Graf,Bergey,Sacfuepee,Weinberg, McIntosh,Blanc,Pasteur,Koch, von Hibler
索引用方法  
索引用材料  
索引用対象名  
索引用疾病名  
索引用地名  
索引用その他  
参考文献(邦) 5
参考文献(欧) 16
0 写真9
7
抄録様式2
抄録 28歳の陸軍歩兵曹長が昭和14年8月、ノモンハン事件(ハルハ河戦争)の戦闘で頭部、腰部、両下肢を砲弾で負傷し、新京陸軍病院に入院。治療のため病院船で内地の陸軍病院へ転院。さらに昭和15年2月都内陸軍病院へ転院。さらに腰部の榴弾摘出のため昭和16年1月、東京第一陸軍病院へ転院する。摘出手術を受けるが、その後発熱、左下肢の循環不全を認め、壊疽状態のために同下肢切断する。ガス壊疽抗毒血清、破傷風抗毒血清を投与するが、全身状態悪化し、同年3月3日に死亡。病理解剖される。生存中の血液、局所組織の細菌培養を行うが明らかな原因菌を認めず、血清学的にも確定診断されなかったが、臨床的には受傷後1年半後に発症した所謂「晩発性ガス壊疽」と診断した事例である。
注目すべき事項
本文中  
図表  
その他 切断した下肢の写真が掲載されている。この下肢は教材として利用するとも記載されている。
備考  
担当者の考察 論文の緒言に死亡した患者について「護国の神として靖国神社に祭られたる故○○曹長の冥福を衷心祈る次第なり」とある。